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「モノには魂が宿る」というお話。

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昔の人はよく、モノだけでなく自然など多くのものに神様が宿っていると言われました。
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今では、そんなことを言うと「古臭い」「科学的に…」などの声が聞こえてきます。
しかしながら、思うのです。
モノを作るとき、どれだけの思いや時間をかけて創り上げるのか。
何かひとつ創ったことのある方ならわかるかもしれません。
例えば
土からひとつの器を作る
木から紙や家具を作る
海水から塩を作る
など、一つ一つ今は百均に行けばなんとかなるものばかりです。
何不自由なく生活ができます。
少し前まではそうではなく、自ら作っていたものばかりです。
便利な世の中になり、モノはたくさんあります。同じように心も豊かになれば言うことはありません。
便利の代わりに失ったものもあるのではないでしょうか。

手間暇をかける
[てま]と[ひま]をかける
手の間、日の間でてまひま。
そう思うと、手をかけ、日をかけて何事もとりくむ。
そんなコツコツとした時間のあらわれが「ひと」であり「モノ」であるような気がします。
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先に述べたモノを一から作っているようで、実は自然のものを使わせてもらっている。
人間が作ったものは、自然のものをお借りして手を加えてなにか違う形に変える作業です。
人間の役割はなんなのでしょうか。
自然界において。

と、こうして考えていくと深くなりすぎてしまいます。
ただ、ちょっと手間暇をかけることが日常生活にあれば、自然やモノに対して感謝(魂)を感じれるのではないでしょうか。
そんなことをたまに考えては、土をいじっています。

リョウ

本日はJINにお越しくださりありがとうございます。このお話しを書いた 山崎 といいます。
もう一言だけ。 私の好きな言葉になります。

「私は大きなことをするために大学へ来て勉強しています。掃除のような誰にも顧みられ
ない小さなことにこだわっていては、大きなことが出来ないのではないでしょうか」とい
うものでした。
そこで私はその学生に、「あなたは大勢の人が見ている前で、道に落ちている一本の煙草
の吸殻を拾うことが出来ますか」と尋ねたところ、「拾えません」という返事でした。「あ
なたはずいぶん立派な体格をしていますね。手を見せて下さい。こんな立派な手があって
どうして拾えないのですか」とさらに聞くと、「恥ずかしいから、とても出来ません」と言
うことでした。
この学生がいうとおり、私たちは道に落ちている煙草の吸殻、空き缶一つ拾うのにも、
大きな勇気と広い心がなければ出来ません。
「私は毎朝、自分の会社の周辺と道路の掃除をしています。バス停にはいつも5・6人
の人がバスを待っています。その目の前でゴミ拾いをすることは、なんとなく気恥ずかし
ものです。ましてや、その人たちの足元に落ちている吸殻を拾うのには、相当の抵抗があ
ります。しかし、人間というのは、そうした抵抗を超えていくことで心が鍛えられ、より
成長出来るものだと思います。ですから吸殻を一日に少しずつでも拾って歩けば、そのた
びに大きな勇気を得ることになります。
「私はこの吸殻や空き缶を拾うことだけが目的ではなく、日本をゴミ一つない国にした
いと思っています。これを小さなことだと思いますか?」と尋ねました。
学生は即座に「大きなことだと思います」と答えてくれました。
「そうでしょう。やっている行為は小さく見えても、実は大きな意味があるのです」と
お話ししました。

鍵山秀三郎 ひとつ拾えば、ひとつだけきれいになる より .

よろしければ、他にもいろいろなお話しをご用意しております。お時間ありましたらぜひご覧になってみてください。