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“おふくろの味”というお話。

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“おふくろの味”というと、どの料理を思い出しますか?

肉じゃが
味噌汁
ハンバーグなどなど
今まで育ってきた味って人それぞれあり、その味が基準となって今があると思います。

味を初めて教えてもらったのはいつなんでしょうか?
胎児のとき、羊水を飲んでおしりから出す…そうして、おっぱいを飲む練習をしているそうです。
赤ちゃんとして生まれてきて、おっぱいの味を知り、ミルク、野菜、お肉、たまご、お菓子、ジュース、お酒などの味を覚えていきます。

そこには、好き嫌いがあって、よく食べるものや、たまに食べたくなるものがあります。
外食やファストフードを食べる機会が増えると、その味に引き寄せられるかのように食べてしまう時期もあります。
コンビニがあれば、24時間いつでも食事にありつくことができます。

結婚したり、ひとり暮らしをしたりすると、自分たちでつくるようになります。
核家族化が進んでいるといわれる今。
好きな味、濃ゆい味、薄い味、クックパッド…
では、そんな様々な食材がそろう現代において、おふくろの味なるものは存在するのでしょうか?

人は辛い時、苦しい時、悲しい時、ホッとしたくなるものなのでしょうか。
体調を崩し寝込んでいる時になぜだか、無性に “おじや” が、食べたくなったのです。
妻に頼むと、快く作ってくれます。
そして、とても美味しいのです。
美味しいおじやを食べると、思い出してきたのです。

学生の時、高校の時、中学小学生の時のことを。
インフルエンザになって、寝こむ時。
嫌なことがあって、学校をサボった時。
学校に行きたくても行けないから早く元気になりたい時。
そんな時、必ず出てくるのがおじややったこと。

これが、私の”おふくろの味”なのかもしれません。

先日ありました、体調不良の時に思いついたお話です。
母親が家に来ておじやを作ってくれ、作り方を笑顔でメモする妻がいて…
仲睦まじい光景が目に映りました

リョウ

本日はJINにお越しくださりありがとうございます。このお話しを書いた 山崎 といいます。
もう一言だけ。 私の好きな言葉になります。

「私は大きなことをするために大学へ来て勉強しています。掃除のような誰にも顧みられ
ない小さなことにこだわっていては、大きなことが出来ないのではないでしょうか」とい
うものでした。
そこで私はその学生に、「あなたは大勢の人が見ている前で、道に落ちている一本の煙草
の吸殻を拾うことが出来ますか」と尋ねたところ、「拾えません」という返事でした。「あ
なたはずいぶん立派な体格をしていますね。手を見せて下さい。こんな立派な手があって
どうして拾えないのですか」とさらに聞くと、「恥ずかしいから、とても出来ません」と言
うことでした。
この学生がいうとおり、私たちは道に落ちている煙草の吸殻、空き缶一つ拾うのにも、
大きな勇気と広い心がなければ出来ません。
「私は毎朝、自分の会社の周辺と道路の掃除をしています。バス停にはいつも5・6人
の人がバスを待っています。その目の前でゴミ拾いをすることは、なんとなく気恥ずかし
ものです。ましてや、その人たちの足元に落ちている吸殻を拾うのには、相当の抵抗があ
ります。しかし、人間というのは、そうした抵抗を超えていくことで心が鍛えられ、より
成長出来るものだと思います。ですから吸殻を一日に少しずつでも拾って歩けば、そのた
びに大きな勇気を得ることになります。
「私はこの吸殻や空き缶を拾うことだけが目的ではなく、日本をゴミ一つない国にした
いと思っています。これを小さなことだと思いますか?」と尋ねました。
学生は即座に「大きなことだと思います」と答えてくれました。
「そうでしょう。やっている行為は小さく見えても、実は大きな意味があるのです」と
お話ししました。

鍵山秀三郎 ひとつ拾えば、ひとつだけきれいになる より .

よろしければ、他にもいろいろなお話しをご用意しております。お時間ありましたらぜひご覧になってみてください。